講義

5月24日(土)「新たな技術」

バラの香りの系譜と新たな香気成分

大久保 直美 博士

農業・食品産業技術総合研究機構 野菜花き研究部門所属

開催時間 8:00 - 8:45
概要

 花の女王と呼ばれるバラは香りのする花の女王でもあります。古代から人はバラの香りに魅了されて、香水として利用するために栽培し、香りを楽しんできました。香水として重要なバラの種はRosa ×damascena(ダマスクローズ)で、その香りは典型的なバラの香りとして認識されています。

 現代バラ品種は様々な香りを持ち、ダマスクローズの香りに似たダマスク様の香り、果物の甘酸っぱさを思い出させるフルーティな香り、紅茶様の香り、スパイシーな香りなどがします。これらの多様なバラの香りはテルペノイド、ベンゼノイド/フェニルプロパノイドなどの多くの化合物のタイプから成ります。主なバラの香気成分には、テルペノイドのシトロネロール、ゲラニオール、ゲラニルアセテートやネロール、ベンゼノイド/フェニルプロパノイドの3,5-ディメトキシトルエン、オイゲノール、4-メトキシスチレン、2-フェニルエタノールや2-フェニルエチル・アセテートがあります。

 本講演では、野生バラ(R. chinensis var. spontaneaR. gallicaR.moschata, R.phoenicia)からオールドローズやモダンローズまでのバラの香りの誕生に寄与してきた主な香りの特徴と香気成分について解説します。加えて、不快な香りをもつR. foetida の香気成分と初期のポリアンサ品種、’Anne-Maie de Montravel’の古い箪笥の香りに似た香気成分について議論します。私たちの研究では、これらのバラの特徴的な香気成分が脂肪酸の誘導体であることが最近明らかになっています。バラの香りには、まだまだ未知のことが多く残されたままで、多くの新たな化合物が私たちの将来の研究で発見されることを期待しています。

 

略歴

つくば市にある農業・食品産業技術総合研究機構 野菜花き研究部門で花の香りを研究。1996年に東京大学で植物ホルモンの研究で農学博士号を取得。2001年には日本初の花に特化した国立研究所である国立花き研究所(NIFS、現在のNARO農研機構)が設立され、NIFSで花の香りの研究を開始。

これまでに、ユリ、チューリップ、ペチュニア、カメリアなどさまざまな花の香りを分析。ここ数年、御巫博士と共に特にバラの香りについて積極的に研究している。

栽培バラに四季咲き性と八重咲き性をもたらした突然変異の起源

河村 耕史 博士

大阪工業大学准教授

開催時間 8:45 - 9:30
概要

 四季咲き性と八重咲き性はバラにとって大変重要な形質です。四季咲き性は中国の野生バラの突然変異に由来すると言われており、18世紀にヨーロッパに導入され、現在ではほとんどのバラが受け継ぐ主要な形質となりました。一方、八重咲き性は複数の起源があると考えられ、中国の古い栽培品種だけでなく、ヨーロッパのオールドローズにも見られる形質です。本講演では、四季咲き性と八重咲き性がどのような遺伝子の突然変異によって発生したのかを説明します。そして、それらの突然変異がどのような野生バラで発生し、栽培化されたのか、遺伝子情報を使って解析した結果を紹介します。四季咲き性も八重咲き性も原因となった突然変異は、動く遺伝子(レトロトランスポゾン)の挿入変異でした。そのため、レトロトランスポゾンが挿入される前の野生型の遺伝子の塩基配列を知ることができます。もし、この野生型の塩基配列と同じ配列をもつ野生種を発見できれば、その野生種が突然変異の起源であると推定できます。この考え方をもとに、四季咲き性と八重咲き性の突然変異の起源を調べた結果、四季咲き性はロサ・キネンシス・スポンタネア(Rosa chinennsis var.spontanea)に由来することが示されました。それに対し、八重咲き性の突然変異は、ロサ・キネンシス・スポンタネアやロサ・オドラータ・ギガンテア(Rosa odorata var.gigantea)が属するキネンセス節よりむしろロサ・ムルティフロラ(Rosa multiflora)やロサ・ブルノニー(Rosa brunonii)を含むシンスタイル節(ノイバラ節)の種に由来する可能性が高いことが分かりました。この結果は四季咲き性と八重咲き性の古い中国バラ品種が雑種起源であるという仮説を支持しています。

 

略歴

2007年にフランス国立農業研究所で博士研究員として庭園バラの遺伝子決定に関するプロジェクトに参加して以来、バラの研究を行う。その後、研究分野は①バラのゲノム、②開花活動、自家不和合性、とげ形成を制御する遺伝子、③中国と日本におけるバラの初期の栽培化プロセス、まで拡大。

経歴:

2011年~現在   大阪工業大学 准教授

2009年~2011年  名古屋大学 博士研究員

2007年~2009年  フランス国立農業研究所 博士研究員

2005年~2007年  国立研究開発法人 森林総合研究所 博士研究員

2004年       京都大学 農学博士

ロサ・アルウェンシス(Rosa arvensis):30年間に渡る経験・研究成果から

Dr. Pascal Heitzler

植物分子生物学研究所研究責任者 フランス

開催時間 10:00 - 10:45
概要

 ロサ・アルウェンシスは温帯ヨーロッパに広く分布する野生バラで、数少ない鋸葉の種の一つです。数十年間はどちらかといれば控えめな存在だったのですが、ここ2~3年でこのバラへの関心はずいぶん高くなってきています。今日、氷河期後のヨーロッパでの爆発的な種分化中において、他のグループのバラの進化にこの種が実質的な影響を及ぼす可能性があります。進化的な特異性以外に、ロサ・アルウェンシスはまた、特別な代謝経路や健康に有益な分子への興味を引き付けています。この種は2倍体ですので、幅広い範囲の生物学的現象へのバラ遺伝学への展開の可能性を高めています。バラの可能な遺伝子モデルへロサ・アルウェンシスも用いるというアイデアは1995年に始まりました。いくつかの知識はこの目的のために発展されてきました。それらの努力は種内多様性を調査することでなされてきました。フランスのほとんどの地域から自然変異体や突然変異体が収集されました。この野生資源のうち、有用なクローンがゲノム解析や自殖プログラムのために選ばれました。例えば、バラ遺伝学の解読を容易にするために、部分的な同型接合体が作られました。幸運にも、ロサ・アルウェンシスは他の種や品種との間でよい交雑親和性を示しています。交雑の結果として、対照となるクローンを母親とし、ほとんどの伝統的な品種を花粉親として使ったところ、園芸的な特性の遺伝を分析できる異母姉妹の60系統が得られました。品種との血縁関係が欠けていることにより、ロサ・アルウェンシスはその目的にとって理想的なものになりました。200以上の特性が考察、分類され、それらのうちいくつかは将来の育種プログラムに適していました。新たな実験バラ園が、ロサ・アルウェンシスの種内の生物多様性と新品種ネットワークの保存と研究のために建設され、最近、ナショナル・フランスコレクションとして受賞されました。ここでは、30年に渡る冒険の結果を共有します。

 

略歴

ストラスブール大学の遺伝子学者で、キイロショウジョウバエの神経発生に主に取り組んでいた。1995年からバラの遺伝学に従事。CCVS(フランス国立コレクション) におけるロサ・アルウェンシス(Rosa arvensis)の品種のナショナルコレクションの所有者でもある。ロサ・アルウェンシスをモデルにして形式遺伝学を分析するために、5世代にわたる独自育種されたバラの特徴的な系統ネットワークを構築。最近では、DNAに基づく創始系統の再構築を行い、ブルボンローズの起源に関する論文を発表。

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